大判例

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津地方裁判所 昭和45年(ヨ)54号 決定 1971年2月27日

申請人

山添太一

外二名

代理人

山本博

外二名

被申請人

右代表者

植木庚子郎

指定代理人

松沢智

外八名

主文

被申請人が昭和四五年九月一日付をもつて申請人山添太一に対してなした津郵便局集配課勤務を命ずる配置換の効力を仮に停止する。申請人橋本正博、同高倉春樹の各申請はいずれも却下する。

申請費用は、申請人山添太一と被申請人間に生じた分は被申請人の、申請人橋本正博、同高倉春樹と被申請人間に生じた分は同申請人らの各負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、申請人ら

「被申請人が昭和四五年九月一日付をもつて申請人山添太一に対してなした津郵便局集配課勤務、申請人橋本正博に対してなした同郵便局保険課勤務、申請人高倉春樹に対してなした同郵便局貯金課勤務をそれぞれ命ずる配置換の効力を仮に停止する」との裁判を求める。

二、被申請人

「本件各申請を却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」との裁判を求める。

第二、申請人らの申請理由

一、申請人山添太一は昭和二七年一二月一日宮本郵便局に採用され、同郵便局保険課外務員として勤務した後、昭和三〇年五月頃からは津郵便局保険課外務員として勤務した後、昭和三〇年五月頃からは津郵便局保険課外務員として勤務するものであり、申請人橋本正博は昭和三七年七月七日津郵便局に臨時雇として採用され、同郵便局集配課外務員として勤務し、昭和三八年二月一日に本雇となり、同課に外務員として勤務するものであり、申請人高倉春樹は昭和四二年四月一日津郵便局に採用され、同郵便局集配課に外務員として勤務するものであるが、津郵便局長大橋善一はいずれも昭和四五年九月一日付をもつて申請人山添に対し同郵便局集配課勤務、申請人橋本に対し同郵便局保険課勤務、申請人高倉に対し同郵便局貯金課勤務を命ずる配置換(以下本件配置換という。)を発令した。

<以下省略>

理由

一、申請人らの採用年月日および本件配置換前の職務内容並びに津郵便局長大橋喜一から申請人らに対し昭和四五年九月一日付本件配置換が発令されたことについては当事者間に争いがない。

二、被申請人は本件配置換は行政事件訴訟法四四条にいう「行政庁の処分」に当るから民事訴訟法上の仮処分は許されないと主張するので、まずこの点について判断する。

申請人ら郵政事業に勤務する職員(以下単に職員という。)は一般職に属する国家公務員ではあるが、その勤務する業務内容は、国家の経済と国民の福祉に対する重要性から国が経営する企業活動にすぎず、本来の意味の国家行政事務、すなわち公権力の行使を伴う一般行政作用とは著しく異り、非権力的・経済的作用である。従つて公務員の身分を有するからと言つて、このような国家の企業活動に雇用されているにすぎない職員の労働関係について、殊さらに私企業ないし公共企業体の労働者の場合と峻別された取扱いをする実質的理由は乏しい。現に職員の業務のかかるる特殊性に鑑み、公共企業体等労働関係法(以下単に公労法という。)は、郵政事業等いわゆる五現業の国営企業における労働関係を全面的に公共企業体(一般に私法関係と解されている)におけるそれと等しく取扱うこととして、職員の労働条件に関する苦情または紛争の友好的かつ平和的調整を図るように団体交渉の慣行と手続とを確立することによつて、企業の正常な運営を最大限に確保するとともに、公共の福祉を増進、擁護しようとし(一条)、職員の労働関係については公労法によるほか労働組合法を適用するものとし(三条)、その労働条件に関して団体交渉権および労働協約締結権を認め、(八条)、右協定の内容が予算に牴触する場合の措置を定めている(一六条)ほか、労使の共同構成機関による苦情処理(一二条)、労働委員会によるあつせん、調停および仲裁(二六条ないし三五条)等の制度も設け、これに対応して、国家公務員法(以下単に国公法という。)その他の法律のうち右趣旨に牴触するものの一部適用除外を定めている(四〇条)。さらに国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法は、国公法のうち職階制(三九条ないし三二条)、給与(六二条ないし七〇条)、降給(七五条二項)、勤務条件(一〇六条)等に関する規定の適用除外を定めている(七条)。もつとも、職員は一般職に属する国家公務員であるから、その身分と不可分な国公法の規定、すなわち任免、分限・懲戒および保障、服務等に関する諸規定はその一部を除き職員にも適用されるが、これらの事項でも広義の労働条件と目すべきものについては、なお団体交渉によつて対等の立場で自由に交渉し、当該法律関係の形成に参加することが法的に保障されている(公労法八条)。以上によると、職員の労働関係は、一般公務員のそれと異なり、当事者対等の基本原理によつて規律されているものと見うるのであつて、この点において公共企業体ないし私企業における労働関係に類するものといえる。

右に見たように、職員の業務の性質・内容および労働関係についての実定法の規定の仕方等から判断すれば、国と職員の関係のうち労働関係に限りそれは基本的には対等当事者間の契約関係と見るのが相当であり、これをその業務の公共性および職員には被申請人指摘のような国公法とこれに基く人事院規則の適用・制約があることの故をもつて、一般の国家公務員の労働関係の如く、労働関係に限つてもそれがなお上下の服従関係ないし他律的支配の関係におかれていると見るべき合理的理由は見出し難い。従つて、申請人らに対する本件配置換が行政庁の処分であるとする被申請人の主張は採用できない。

しかして、配置換の性質は、明示または黙示にされた労働契約において使用者が労働者から委ねられた範囲内において労働の給付を具体的・個別的に決定する一方的意思表示として形成権の行使であると解しうるところ、本件においては申請人らが被申請人に対し委ねた範囲内における形成権の行使であるか否かを問題とし、さらには範囲内であるとしても、その不当労働行為性や権利乱用を理由として本件配置換の効力を争うものであるから、それは民事訴訟法上の手続で審理されるべきものと考える。

三、そこで進んで、本件配置換の効力について判断する。

(一)  労働基準法違反の主張について

申請人らは、申請人山添は保険課に、申請人橋本、同高倉は集配課にそれぞれ勤務するという約束で採用されたものである旨主張するが、<証拠>によれば、申請人らはいずれも単に一般職に属する郵政事務職員(郵政省職員採用規定参照)として採用されたものであることが認められ、申請人らの主張するような約束で採用されたものと認めうる疎明はない。従つて、申請人らとしては一般職に属する郵政事務職員としての範囲内であればいかなる職種でもあれその労働を提供すべき義務があるところ、一般職に属する郵政事務職員として採用された者の労働契約の内容としては、高度の学職経験や専門的技術を必要とする事務以外の郵政事務全般に従事するものと解するのが相当であるから(郵政省非常勤職員任用規定参照)、本件配置換がこの点において申請人らと被申請人との間の労働契約の内容に違背するものとはいえない。

次に、申請人らは、職員として採用されて以来一貫して同一職場に勤務しているのであるから、申請人らの本件配置換前の職種は労働契約の内容として固定化しているものであると主張するが、一般的に、同一職場に一貫してまたは長年勤務しているからといつて、そのことの一事をもつて、その職場(職種)が労働契約の内容として固定化するとは考えられず、本件全疎明に照らしても、他に申請人らの本件配置換前の職種が労働契約の内容として固定化した(申請人らと当局との間に申請人らが提供する労働はその職種に限定するとの契約が成立した)とみうるような事情は窺えない。

よつて、本件配置換が労働契約に違反するものであるから無効であるとの申請人らの主張は理由がない。

さらに、申請人らは、労働基準法の趣旨からいつて配置換は労働者に不利益を与えるものであつてはならない旨主張するが、労働者に不利益を与える配置換が人事権の乱用となることがあるは格別、一概に申請人らの主張するようには解し難いから、右主張も採用できない。

(二)  不当労働行為の主張について

<証拠>によれば、申請人山添は全逓津支部保険課分会長、申請人橋本は同支部集配課職場委員、申請人高倉は同支部執行委員として積極的に組合活動を行つてきたこと、同支部は昭和四三年頃までは組合員五〇〇名を擁したが、昭和四五年に入るや当局の組合攻勢も活発となり、同支部でも多数の脱退者が生じたが、申請人山添が会長をしている同支部保険課分会は一名の脱退者も出さなかつたこと、また申請人橋本、同高倉は集配課にあつて脱退者に対する同支部への復帰工作に当つてきたことが一応認められるが、本件配置換が申請人らの右組合活動を嫌悪し、これを阻止する目的でなされたものであるとの点については、申請人らの全疎明をもつてしても未だこれを認めるに足りない。

(三)  人事権の乱用の主張について

まず、申請人らは、津郵便局における局内配置は従来ほとんど行なわれておらず、また配置換は事前に本人の同意を得る慣行であつた旨主張するが、<証拠>に照し、申請人らの右主張はにわかに採用し難い。

そこで進んで、本件配置換によつて申請人らはその労働条件等にいかなる影響を受けているかについて考察する。

(1)  申請人山添について

(イ) 給与

<証拠>によれば、同申請人は本件配置換により保険募集手当を失なうため、実質において一カ月約二万円の減収となることが予想される。被申請人は昭和四五年四月以降のベースアップ分を右手当分の減収を埋合せる有利な材料として主張するが、保険課にいても同率のベースアップがあるのだから、右主張は理由がなく、また同申請人の過去の保険募集実績に照すと、<証拠>によつて認められる年間約二三万円程度の減収となることは十分予想されるところである。

この実質上の減収は同申請人にとつて著しい経済的損害であることはなんびとの目にも明らかであろう。

(ロ) 通勤事情

<証拠>によれば、同申請人の勤務は、保険課では午前八時三〇分から午後五時一五分までと一定していたが、集配課では早出、日勤、中勤および夜勤に分れ、通常の勤務である日勤でも午前七時三〇分出勤であるから、肩書住所地から近鉄線で通勤している同申請人が右日勤の出勤時間に間に合うためには、始発駅宇治山田駅午前六時二二分発=途中駅伊勢市駅午前六時二四分発=下車駅津新町駅午前七時〇四分着の急行電車(右時刻は公知の事実である。)に乗車する必要があり、さらに自宅からバイクで右宇治山田駅または伊勢市駅までに要する時間等をもみると、午前六時頃には自宅を出発しなければならず、そうすると日頃遅くとも午前五時半頃には起床しなければならない羽目になることが窺われる。

しかして、<証拠>によれば血圧値が必ずしも良好であるとは認められない健康状態にある同申請人にとつて右通勤事情は従前に比較して著しい精神的・肉体的苦痛を与えるものであるといえる。

ところで、<証拠>によれば、本件配置換は、昭和四五年八月二九日および同年九月一日付で津郵便局主任および一般職員が他局へ転出したことによる補充を兼ねて一般職員を対象として行なわれた人事異動の一貫であつて、保険課の場合は、保険募集の実績が昭和四四年、同四五年とも管内平均を下廻つているので、この際課員の若返りを計つて将来の推進に備えようと考え、一方集配課への転出者についても高令者でないことを条件に選考した結果、同申請人を適任と考えて発令したものであるというのであるが、<証拠>によれば、同申請人は昭和二七年に職員として採用されて以来一貫して保険課外務員として勤務し、保険募集に良好な成績をあげてきたものであるから、保険課の保険募集成績の向上という前記目的からはマイナスの人事であるだけに、たとえ課員の若返りを計る必要があつたにせよ、同申請人以外に転出適任者がいなかつたかどうか極めて疑わしく、しかも同申請人にとつては、長年保険課にのみ勤務してきてかつてなんらの職務経験もない課への配置換であるばかりか、前記の如き不利益を与える結果ともなるのに、<証拠>によつて明らかな如く同申請人の意向を一顧だにしなかつたことは、本件配置換が人事権の乱用であるといわれても止むをえない事由があるといわなければならない。

以上の理由によつて、同申請人に対する本件配置換は人事権の乱用として無効であると認められる。

(2)  申請人橋本、同高倉について

同申請人らは本件配置換によつて給与および勤務時間等の労働条件に格別不利益を受けるものとは認められない。また同申請人らは、配転先の職務はその適性に反する旨主張する。なるほど保険課および貯金課は集配課とその業務内容が異り、保険或いは貯金募集等の業務は本人の適性が多少とも問題となりうることは否定しえないが、さりとて格別特殊な能力を必要とするものとも認められないので、同申請人らの主張するように主観的に適性に合わないというだけでは本件人事権の乱用を主張する理由とはなりえず、さらに配置換の結果組合活動上の不利益を受けることがあつたとしても、そのことだけで直ちに人事権の乱用につながるものでもないことはいうまでもなく、一方、前記の如く、<証拠>によると本件配置換は、昭和四五年八月二九日および同年九月一日付で津郵便局主任等が他局へ転出したことによる補充を兼ねて一般職を対象として行なわれた人事異動の一貫であつて、保険課の場合は、保険募集の実績が昭和四四年、同四五年度とも管内平均を下まわつているので、課員の若返えりをはかつて将来の推進に備えようと考え、これまで集配課に勤務していた申請人橋本がその業務に適任と考えて本件配置換の発令が出され、また貯金課の場合は、貯金課外務に従事していた課員一名が集配課への配置換を希望していた折柄、たまたま同人が交通事故にあい一カ月の公傷となつたこともあり、同人を集配課に転出させ、かわりにそれまで集配課に勤務していた鈴鹿商業高等学校出身の申請人高倉が貯金課の業務に適任と考えて、貯金課への本件配置換の発令が出されたものと一応窺われないでもなく、これらの事情を総合して考えると、右申請人らに対する本件配置換が人事権の乱用であるとは到底認められない。

四、申請人山添についての保全の必要性

以上のとおり、申請人山添に対する本件配置換は無効であり、同申請人は今なお、津郵便局保険課に外務員として勤務する地位を有するものであると一応認められるところ、もし本案判決が確定するまで本件配置換の効力が持続するものとすると、同申請人はその間、前記の如き経済的、精神的、肉体的な不利益を受けるうえ、同申請人の従来の職務の性質(保険外務では顧客(保険加入者)との対人関係を持続しておくことが重要であり、一旦その職務を離れると容易に従来の如き関係を回復するのが困難であることは容易に窺われる。)を考え合わせると、同申請人は回復しがたい損害を受けることになり、一方、津郵便局においては、同申請人に対する本件配置換の効力が仮に停止されることによつて、集配課、保険課の業務にある程度の混乱が生じることは想像しうるが、これによつて被申請人の蒙る損害が右業務内容が公共性の強いものであり決して軽視できないものであることを考えても、なお、同申請人の右のような回復しがたい損害に比べれば軽微なものといわなければならない。このような双方の事情を衡量して同申請人に対する本件配置換の効力を仮に停止する保全の必要性はあると認定する。

五、結論

よつて、申請人山添の本件申請は理由があるからこれを認容し、申請人橋本、同高倉の本件各申請は理由がないものとして却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条・九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(杉山忠雄 寺本栄一 坪井俊輔)

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